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Posted by 京つう運営事務局 at

2013年10月06日

豊国さん!(その1)

またぶり返した暑さ! 秋はどこえやら?

さて、今日は親父の納骨の準備で東山七条まで行きました。

石材店さんと墓地前で待ち合わせなんですが
この観光シーズン、道路は大渋滞の東山一帯なのに
こんなパレードがありました


旗振って踊ってんと他にやることあるのと違うかぁ?


演奏は西部警察のオープニングテーマ曲
はっきり云ってメロディーがずれていました。


朝から舞妓はん呼んで、経費の無駄使いやで


お蔭で待ち合わせに遅れること10分奉行所は何を考えとんねん!

で、打ち合わせや墓石の調整も出来て準備終了!

さてさて、これからどうしよう?

暑いので無駄に探索は体力を消耗するだけ

では、近場で!

「豊国神社」へ行きました。

ここは七条の大和大路、交番所前


ここを少し上がったところに「豊国(とよくに)神社」
通称「ほうこくさん」があります


大和大路通りを少し上がると
あっ!博物館、こんななるらしいですよ


歩いて約100歩(個人差あり)豊国神社に到着です


大きな石柱と石垣


鳥居も大きな石の鳥居です


境内はそれほど広くはありませんが
立地の加減か?市内がよく見渡せますね
また、ここで月に一度、骨董市が開かれ賑わっています
某氏はその骨董市に行かれているとかいないとか?


で、この唐門は伏見城から移築されたものだそうです。


豊国神社、これでは終わりません
明日はかなりマニアックに続編をお伝えしたいと思います。

では「京(今日の一曲」は
「La Bamba 」をお聴きください
  


Posted by 西陣整体 at 21:58私の西陣 番外編

2013年08月16日

膏薬!

今日でお盆も終わり、五山の送り火が行われます。

恥ずかしいことに京都人でも「送り火」を「大文字焼き」と
堂々と云う輩がおります。大文字なんて焼けませんから!

今日は、ちょっと所用で四条西洞院まで行きました。

つい先月、祇園祭でこの界隈は賑わっておりましたが
少し横道へ入れば、ひっそりと佇むところがあります。

ここは、四条西洞院を少し東、南側のちょうどバス亭の辺りに
わかりやすくこんな標識が立っています。


今日は、杉本家住宅ではなく「膏薬図子」(こうやくずし)を
ご紹介致しましょう。
図子、大通を通り抜ける細い路地のことで生活道路とでも
言いましょうか、こんな細いクネクネした路地です。


こんな路地にもまた路地があります。


上を見上げると荒壁に虫小窓。


さすがに開発の手は入っていません。
2軒か3軒くらいの連棟の町屋が通りに沿って建っています。


突当たりを右に曲がってもまだ路地が続きます。


もうひと曲がり、綾小路通りに抜けます。


抜ける手前には仁丹の看板、ここは矢田町です。


さて、なんでここを「膏薬図子」と呼ぶのか?
そのカギはここにあります!
京都なのに「神田明神」がこんなところにあります。


なんや!普通の町屋やないか!と言われそうですが
本来ならば神田明神の中を撮ろうと思いましたが
ことのほか平将門氏の気が強いので撮影を止めました。
中に鳥居・祠が祀られています。
祀られているのは「平将門」、悲運の武将とも云われていますね。

そして、ここに祀ったのが「空也上人」。
本来ならこの図子を空也図子というところ
その「空也」が訛って「膏薬」ほんでもって
「膏薬図子」となったそうです。

さてさて、京都のブロガーの半分は
こんな画像をアップしている「送り火」!多分にもれず
私も玉の合間に千本中立売から撮れました!
相当、修正をかけておりますのでご容赦くださいませ。
こんなんです!(ベタな画像ですが)


これが終わると宿題をやらなければならない!
と、京都の小・中学生は思うことでしょうね。
これから京都は秋に向け季節は移ろうとしています
まだまだ爆暑ですが、みなさんお身体ご自愛くださいませ。

では、「京(今日)の一曲」は
渚ゆう子さんで「京都慕情」をお聴きください。
  


Posted by 西陣整体 at 21:39私の西陣 番外編

2013年07月11日

建ててます!

言って涼しくなりませんが・・・、暑い!!!
こう連日、猛酷暑はキツイですね!

京都・四条室町界隈は7月1日を以って切符入(きっぷいり)を
宣言して祇園祭が始まりました。

いろんな神事がありますが、なんといっても
「鉾」・「山」が建って祇園祭を実感するのですが
今日は、「鉾建て」を営業前に見て来ました。

まぁ、いらん説明・講釈は抜きにして見てもらいまひょ!

祇園祭の鉾といえば「長刀鉾」
四条烏丸を東、大丸の手前にあります。


まだ懸装品が掛けられてませんが
なんとなく「鉾」やなぁ~、と想像できますね。


ご存知のとおり組み立てには「釘」は使いません
きれいに縄で括って組み立てます。


ご神木もまだ飾り付けが全て施されていませんが
鉾の真ん中をとおり「通し柱」の役割をしています。


烏丸通りより東はこの鉾と保昌山(ほしょうやま)だけです。
烏丸通りよりも西、北側に鉾・山が密集していますが
時間の都合で四条室町界隈の2基をご紹介致しましょう。

まずは、四条烏丸西北にある「函谷鉾」(かんこほこ)


そして四条室町西にある「菊水鉾」(きくすいほこ)



下から順番に見ていきますね!
まずは、車輪をを受ける軸。


正面、車でいえばシャーシ?車体部分ですね!


ちなみに後ろはこんななってます。


懸装品で隠れてわかないところですが車体、横。
縄できれいに括られてますでしょ!


これが「鉾」の隠れた部分、職人技が隠されてますね!


そして、四条室町南の「鶏鉾」


ん?なんやこれ?車体部分かな?


職人さんがちょうど組み立てをしておられました。


ふと足元を見ると普通に欄干?が置いてありました!


よく見たら歴史を感じる手の込んだ細工がしてありました。


こんな部品?か収められている倉庫がここ!
たくさん部品がありました。


どうですか? 懸装品の付けれらる前の鉾。
土台があって本台が栄えるものです
職人さんが丹精込めて縄で組み上げ
安全は言うまでもなく、且、きれに建てられています
裏方さんと呼べば失礼だと思いました。

国内は勿論、海外からも見物に来られる祇園祭
懸装品は国宝手前の美術品ばかりを飾り付けます
それがひとつの見物でもある祇園祭ですが
こんな様子を見てから懸想装品の付けられた鉾・山を
見てもらいたいものです。

では「京(今日)の一曲」は
キャンディーズで「わな」をお聴きください。
  


Posted by 西陣整体 at 21:41私の西陣 番外編

2013年04月21日

西陣整体 in 仁和寺

完全季節は逆戻り! 寒!の日曜日でしたね。

さて、今日は、親父がお世話になっている施設からの
帰り道、天気も悪いのに「仁和寺」へ立ち寄りました。



立派な仁王門ですね!
しかし、ご多聞にもれずこのお寺も「応仁の乱」で全焼。
徳川家光が再建しました。



この仁王門は京都の三大門のひとつですが
タクシーガイトのおっちゃんが「風神・雷神」と説明しているのを
チラッと聞きましたが、これは、守護尊の金剛力士像やでぇ!






境内から山門を見てもご立派!



境内も広!
向こうの金堂に行くまでまだ中門が見えます。



これは御殿なんですが、仁和寺は別名「御室御所」といわれ
明治維新まで皇族・貴族が出家して住む特定の寺院だった為なんです。



前庭もよく手入れされてます。



「御所」といわれたくらいですし、「勅使門」があります!



門の前には高松宮さまが植樹されたさくらがありました。



中門から山門を望みます、ほんまにひろい境内です。



中門をくぐると左に「御室桜」が・・・もう葉桜でした残念!



そして、右に五重塔がありまして。



やっと金堂に到着です。



ほんまになにもかもビック?
多くの参拝者もこれだけの大きさの金堂だと収容可能ですね。



軒の梁もデカイ! こんなん今は造れませんよ!



その右隣は「経堂」があります。



これは、左側にある「観音堂」
残念ながら改修工事?かな? しかし、足場は木材です!
金属のパイプでは景観が悪いのか?棟梁のこだわりか?



金堂の前には遅咲きか?今が見頃か?八重桜が咲いてました。



では、どんだけデカイ!かといいますと
境内はこんな広いんですよ。



これで仁和寺を制覇!あとは帰る!
が・・・、テントが見えた!見てみることにする。
画像を撮っていたら店のおっさんが・・・
「撮影はちょっと・・・」と言うが
「あかんの!」とガンを飛ばし返し撮った画像がこれ! 
類似品丸出し!そら撮られたら困るはなぁ!おっさん!



値段も一見観光客相手とあってボッタクリのお値段でした。



私の親父は、京都の土産物の卸をしていました。
京都、ちゅうだけで観光客が来る時代でした
それだけになんでも売れた時代やったそうです。

しかし、レジャーの多様化・海外旅行の浸透により客足は減る一方
土産物店の多くは倒産・廃業に追い込まれました。
親父は「なんの工夫もせんと暖簾に胡坐かいて商売するからや」と
今でいう財布や小物のプライベート商品を下請けに作らせました。

すると同業者はマネをして親父はえらい怒ってました。
「他人のフンドシで相撲」とりやがって!と
そらえらい剣幕でした、マネした業者の商品もってその業者へ
社員連れて殴り込み?いやいや!抗議しに行きました。

この亀とネコの焼き物を見て・・・。
親父のそんな事件?出来事を思い出しました
私の性格?性分は、とにかく筋の通らない事が大嫌いで
やられたらやり返すのは親父譲りやなぁ~。

では「京(今日)の一曲」は
太陽にほえろ! 青春のテーマⅠをお聴きください。
  


Posted by 西陣整体 at 21:46私の西陣 番外編

2013年04月20日

お膝元

お昼から曇り、夕方から雨。
もうすぐ5月だというのに気温が上らない事
どうなってるんでしょうね?

さて、今日は!
親父の入院療養計画・経過報告があり施設へお伺いしました。

ちょっと早く現地に到着したので
いつものように付近をブラブラ・・・。
この付近、宇多野のご意見番さまのお膝元でもありまして
交差点には「福王子神社」がございます。

昨年のお盆に少しご紹介いたしましたが
今回は境内に入り詳しくご紹介してみましょう!
では、正面鳥居から厳かに無断進入してみます。



平安時代、深川神社として創建されました。
しかし、応仁の乱勃発「西陣」から離れた所にありますが
その戦で消失したそうですが、徳川家康が再建したそうです。
応仁の乱の激しさがよくわかりました。



で、誰が祀られているかといいますと!「班子(はんし)皇后」さま!
仁和寺を開いた宇多天皇のお母様で仁和寺の鎮守神さまです。



これでご紹介を終えたところで・・・。まだ時間がある!
ので、ちょいと信金時代の思い出探しに162号線を北上しました。

あった!あった!エイセイボーロの「万年堂」!
集金に行ったら「エイセイボーロ」食べ放題!



そのほぼ向いには!
この付近に来たら必ずコーヒーを飲んでさぼってました「喫茶店」



あとは、えらい変りました・・・。
少し感傷的になって歩いていたら、きれいに花が咲いている!
なんちゅう名前かな?



施設の裏には「法蔵寺」があります。
道標があるくらいのお寺、どんなお寺なのか?



とりあえず施設のある前の道、坂道?山道を歩きます。



けっこう勾配のある坂道を更に登ります。



すると、私の知るなかでは最北端の住所表示板
残念ながら「仁丹」ではなくフジイダイマルでした。



で、道標どおりに北上します。



「法蔵寺」、こんなお寺でした。



ふ~ん、ただのお寺やん!と思ったのですが
なんやら横に「尾形乾山」?とか書いた石碑が建ってました!
陶芸家の尾形乾山の自宅跡がお寺になっていました。
乾山は、この付近に「鳴滝窯」を作り焼き物を作っていたそうです
この辺りは「鳴滝砥石」が産出されるほど良質な土質に恵まれ
陶器の材料となる粘土も産出されていたからでしょうね。



あいにく境内は無断立ち入り禁止だったので画像はここまでです。



ところで、どれくらい登ったかといいますと・・・。
ほぼ市内を一望できるくらい登りましたぁ!



ここで、時間となりまして、施設へ向いました。
親父の療養の為に主治医をはじめ6人もの関係者のみなさんが集まり
報告・計画を策定して頂けました。
発熱を繰り返し、精神的にも波がある親父を看護するには
とても自宅で看護は不可能です。
これだけの人にお世話にならないといけないのか?
と、感謝と驚きでした。

高齢者医療・介護制度、社会問題となっております。
まだ日本の制度は始まったばかりの国でありますが
私の祖父母の時代と比べればかなり充実した制度となりました。
私達の老後の医療はまだ先の事、と考えますが
自分の両親の問題として直面し実感します。

では、「京(今日)の一曲」は
親父は、戦前からの阪神ファンです。
小山・村山・江夏、藤村・田淵・掛布、などなど
施設でも試合を楽しそうに見ているそうです。
「六甲おろし」をお聴き下さい。
  


Posted by 西陣整体 at 22:48私の西陣 番外編